おしらせ

【インタビュー】中西風巳(アーティストインレジデンス利用)

2025年9月16日から26日にかけて、貸切宿こもりびに滞在しながら、楽曲制作に取り組んだアーティストの中西風巳さんにお話を伺いました。

中西風巳 プロフィール

横浜国立大学大学院 都市イノベーション学府 建築都市文化専攻Y-GSC 1年生。大学院で思想哲学の研究をおこなう傍ら、アーティストとして音楽活動にも取り組む。

Q. 中西さんが普段制作しているのは、どのようなジャンルの音楽ですか?

アンビエント(環境音を用いた音楽)とアバンフォーク(実験的要素を混ぜたフォーク音楽)と呼ばれるジャンルで、音楽理論として確立された一般的な音楽とは異なるものです。日々の生活の中で何気なく耳に入った音を録音し素材にしながら、ギターなどの音色と組み合わせて楽曲を制作しています。

Q. 実際に楽曲を聴かせていただきましたが、ポップスやロック、クラシックなど、多くの人が想像する音楽とはまた違った雰囲気を感じました。どのような経緯で現在の音楽スタイルにたどり着いたのですか?

小学校と中学校の頃は吹奏楽、高校ではバンドでベースをやっていたのですが、大学生の時に入った「中南米研究会」というインカレサークルで、世界の様々な音楽に触れました。そこでアフリカの音楽を聴いたとき、「アフリカの人にとっての(暮らしの一部になっている)太鼓のように、自分が表現できる音はなんだろうか」と思い、行きついたのが環境音でした。
環境音は、無理して楽器の技術を習得する必要がなく、いまの自分が手の届く範囲でできる表現であると思ったのです。

Q. 使用する環境音は、制作する楽曲をイメージしながら収集していくのですか?

自分はアンコントロールなものに興味があり、あらかじめ制作したい楽曲のイメージを固めてから素材を集めるのではなく、日記をつけるのと同じような感覚で環境音の収集を行い、後からそれを組み合わせながら楽曲をつくり上げています。
ギターを使用するときも、即興で奏でたものをとりためて使用したり、歌を挿入するときに、プロではない人に歌ってもらったりと、制御のきかないものに関心があります。

Q. 大学院では思想哲学の研究をされているということですが、音楽活動とリンクする部分もあるのでしょうか?

フランスの思想家ジル・ドゥルーズが提唱した “becoming” という、しばしば崇高な概念として扱われがちなアイデアが、フェミニズムやマルチスピーシーズ(※)といった現実的な問題に向き合う学問分野のなかで、どのように理論的なツールとして受け入れられてきたのか──その変遷を研究しています。例えば I am a man.(私は男性である)という既定の事実が最初からあるのではなく、I become a man.(私は男性になっていく)のように、関係性(この例ではジェンダー)がプロセスのなかで立ち上がってくる、という考え方に関心があります。これは “becoming” の一側面にすぎませんが、既成の事実として見過ごされやすい部分を、あらためて可視化しようとする試みでもあります。自分の音楽スタイルも、一般的な音楽制度からこぼれ落ちた要素を拾い上げ、自分との関係性のなかで再構成して表現してくという点で、この研究テーマとつながっていると感じています。

※人間と人間以外の存在が相互依存的に絡まり合いながら世界をつくり上げていることに注目する考え方。

Q. 今回、滞在初日に弊社の管理林に入っていただき、「もりめぐり」を体験いただきましたがいかがでしたか?

率直に言うと、かなり楽しかったです。自分は普段都会のベッドタウンに住んでいますが、都市では、例えば東京タワーや駅前の大きな広告のように、そこでは多くの人が均一的なものを見たり欲していると感じています。
しかし、森に入ると似たような景色が続いていて、どこを見るといいかわからないような感覚になれたのがうれしかったです。視線が解放されるような感じでした。

雑念が消えるわけではないですが、森に流れる時間のスケールが全く異なることを感じながら、自分が抱える雑念を問題としてとらえることなく、ただ「そこにあるなあ」という感覚になりました。

Q. 森では環境音を収集されていましたが、滞在中どのように過ごしていましたか?

森では常に録音機を回していて、そこには鳥やセミ、人の声、足音、呼吸音などが入っています。滞在中はこれらを使って、今後の楽曲制作に使えそうな音楽の断片をたくさん作っていました。これは、言語化はできないけれど、なんとなく考えていることや感じていることを表現するという作業でもあるのですが、この作業は家ではなかなか進まないのでよかったです。

Q. 貸切宿 こもりびでの滞在はいかがでしたか?

すごく静かでしたし、生活設備は整っているので、生活に困ることはありませんでした。ただ、近くに歩いて行けるスーパーなどはないので、ご飯はレトルト食品を買いためて過ごしました。一人で過ごすには少し広かったので、もしかすると何人かで一緒に泊まってもよかったかもしれません。

Q. 最後に、今後の展望を教えてください。

自分が、いわゆる一般的なアーティストとして生活していくのは難しいと思っているのですが、音楽をしながら生きていきたいという想いはあるので、論文をまとめ、音楽業界の外にも出ながら、自分のスタイルの音楽活動を確立していきたいと考えています。

(おわり)